やけに細かいバイブ音の度に指ははっと離れて、恐ろしい速さでメールを返す真剣な横顔を見ないようにする。
言われない限り、何も聞かない。
誰が相手でも出来る限りやってきたことの延長なだけだけれど。
気にならないわけはない。
だから余計、表情は見ない。
一挙手一投足に一喜一憂するのはシーソーが自分に傾いている時の顕著な現象だ。
一段落して顔が曇ればほっとしつつ心配になるし、全くスルーして歩き出せば逆に変に不安になる。
すぐに話してくれるときは大体共通の知人や事情のわかる仕事の話で、そういう時はその後数割の確率で諍いになったりもするので若干イエローカードだったりもする。
そんなとき顔色を見て話すのもまた、離れた手の行方にビビってる時の象徴だ。
全て自分の匙加減だと言うのは承知の上で、
「信じてないからだ」
という言葉には若干かちんとくる。
「じゃあ信じさせてくれたらいいのに」
全くのワガママ。
創世記のあのハイテンションな時期には無かった歯車の食い違いが諸処に現れてきていることに反省する。
欲と、それから執着心。
これが自然に生まれて、いつか消え去るものの流れを狂わせる。
抗うのが一方的である場合は何の意味もない。
それでもほんの少しの期待や奇跡を夢見てしまう。
あのひとの言うように、本当にメルヘンチックなのだろう。
論外。
規格外。
それが今では中毒のように不可欠なものになってしまった。
思い出すのはしなびたラブホテルや晴天下の天守閣。
初めての大喧嘩も毎月のじめっとしたやりとりも。
長く考えたら変わり映えない毎日が、異常なほどに大切な日々になっていく。
つなぎ止めようとして躊躇う手を、強く伸ばす勇気もへし折れた。
すべては変わっていく。
当たり前のことが、恐怖になって毎日を蝕み始めている。
欠けていく日々を救えるのは、自分でしかないのだろうか。
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